ここで、咀嚼訓練を行い、最小限の介入で叢生を予防した症例を提示します。
4歳時、指しゃぶりに起因する開咬を主訴として来院した患児さんです。(図2:症例U)
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症例U
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b:タングクリブの付いた拡大装置を入れて数ヶ月
c:5歳 指しゃぶりはなくなり、開咬もきれいに治癒した
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上記に示すような方法によって開咬を治しました。ほっとしたのも束の間、“下顎中切歯が乳歯の舌側に萌出して、乳歯が自然脱落しない”と再来院しました(図4)。
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図4 ところが、中切歯が乳歯の舌側に大きく外れて萌出。こういう子供が増えている(?)
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なぜこうなるのでしょうか?年配者の中で乳歯が抜けずに歯科医院に通院したという人は、ほとんどいないはずです。皆、自然脱落したのです。近年では、乳歯の抜けない子供が増えています。
この患児さんも、当院で行っている咀嚼能力判定(図5)によって、よく噛んでいないことが想像できました。実際、指しゃぶりや開咬のある小児は、よく噛まない子供が多くいます。
下顎前歯の歯胚は、もともと乳切歯の舌側にあって永久歯の歯根を吸収しながら萌出してきます。咀嚼によって乳切歯の歯根から永久歯胚に伝わる物理的な刺激が、この現象を良好に起こすために必要なのではないか、と私は推測しています(図6)。
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図5 a:咬合力測定器 第一大臼歯の瞬間最大咬合圧(s)を測定している
b・c:咀嚼能率の測定は1cm角の試験片を20回自由咀嚼させたのち、ISO 4mmメッシュを通し、前後の質量を 比較する(%)
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図6 a:咀嚼による乳歯根への刺激が不足すると、永久歯は舌側へ萌出する(仮説)
b:舌側半分のみが吸収され自然脱落しない乳歯
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乳犬歯間幅径が同じでも、よく噛む子では永久歯が隣在歯を押しのけながら頬側へ出ます。その結果、歯列弓を拡大するが、そうではない子は舌側へ萌出して重なり、W型の叢生になるのではないでしょうか(図7)。
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図7 乳犬歯間幅径が同じでも、側切歯が頬側へ萌出すれば、叢生とならずに歯列が大きくなる。よく噛まない子供は 舌側へ重なってW型の叢生となる(仮説)
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そこで、下顎前歯に叢生のある子供とない子供とで、咀嚼能力測定をしてみると、前者の方が有意に測定値が低い結果を得ました(下記表)。
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叢生を持つ子供も、咀嚼訓練によって、みるみる咬合力や咀嚼能率を上げてくることを経験しています。ことのこは、叢生があるから「噛めない」のではなく、「噛まない=噛む習慣がない」子供に叢生が多いことを示唆していると思われます。
そこで、この患児さんにもよく噛むことを教えました。咀嚼訓練といっても特別なことは何もありません。一日三度の食事の時に、ごはんを一口20回以上噛む、スルメを引きちぎったり煮干を噛んだりするのを、毎日遊びでいいから行う、甘党になるのがいやなのでガムは使用しない、これだけです(図8)。
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図8 咀嚼訓練にはスルメが一番。「噛んでひきちぎる」(あくまでも遊びで)。甘党になるのがいやだからガムは使わ ない。
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このような指導をしているうちに、萌出余地不足だった下顎前歯の叢生を何とか回避できました。(図9)
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図9 a:スルメ噛みにより右下1と左下1は頬側へ出てきた
b・c:側切歯の萌出が始まったが、スペースは足りない
d:左側側切歯は、乳犬歯の頬側へ重なって出た。右側は、乳犬歯を押しのけながら萌出中、「咀嚼」がこれを助 ける
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その後も左右でバランスよく噛むこと、ほかには唇を閉じて鼻呼吸する習慣づけ、姿勢を正しくすることと、舌の位置や機能訓練など、歯列不正の予防のために必要と思われることを続け、最小限の介入で叢生を解消できました。(図10)
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![](../bin/IMG_00122.jpg) ![](../bin/IMG_0013.jpg)
図10 a:7歳 上顎切歯の萌出が始まった
b:8歳 上下前歯の萌出が進む。「よく噛む」を続けてもらった
c:18歳 最小限の介入で、なんとか叢生を回避できた
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数年が経つが、安定しているようです。
混合歯列期においては、何か問題が起きるたび、その都度必要な処置を行っていきます。できるだけ複雑な装置を使わないで済ませたい、そしてなにより、治療を通して、よく噛む習慣を身につけてほしい、と考えています。これが私の基本的な考え方と対応です。 |
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