拡大装置の積極的な使用
 側切歯が舌側に出て叢生となり、この状態を放置すると、たいていの場合、前歯の叢生はそのままに、あるいはもっとひどくなりながら側方歯群の交換が進み、歯列のどこにも隙間はなくなってしまいます(図1:症例T)。場合によっては、小臼歯を抜去し、かつ矯正が必要となるでしょう。できれば、将来の抜歯は避けたい、そのために、積極的に乳犬歯間幅径を拡大する試みを行っています。
 症例Vは、前歯の交換時期に叢生をきたした患児です。

症例V 



図11 a:初診時3歳 隙間の全くない乳歯列。甘いもの好きで、あまり噛まない子供だった
     b:7歳 右下2番から左下2番まで叢生。上下左右1番反対咬合
     c:7歳 上顎・・・・側切歯のスペース不足
     d:7歳 下顎・・・・側切歯が乳犬歯舌側に重なって出て、W型の叢生となった。



 「よく噛む」だけではとても解決しないと思われたため、上下顎に装置を入れて介入を始めました。下顎にはエクスパンジョンスクリューを持つ拡大床を装着し、ねじを週に1回(0.25o)広げるよう指示しました(図12)。


 
図12 a:8歳 上顎・・・・リンガルアーチで上下左右1番の反対咬合を改善する
     b・c:8歳 下顎の叢生は拡大床で改善する。拡大のペースは週に1回0.25o




 側方歯群の交換時期にはリンガルアーチを装着し、リーウェイスペースを失わないようにしました(図13)。そして、ダイレクトボンドによる歯牙移動を行いました(図14)。混合歯列期における積極的な拡大により、抜歯症例となるのを回避できました(図15)。



図13 a:9歳 側方歯群の交換が始まった。上顎はクワドヘリックスで側方拡大
     b:9歳 下顎はリンガルアーチを装着し、リーウェイスペースが失われないようにした




図14 a:10歳 ダイレクトボンディング法による歯牙移動
     b:10歳 下顎・・・・リンガルアーチからの距離が側方への拡大量を示している




図15 a〜c:18歳 下顎前歯に少し乱れが出ているが、臼歯のアップライトが不十分なためと思われる


 このように私は、混合歯列期には床装置による上下顎側方拡大を好んで用いていますが(図16:症例W)、以下に、その使用法をまとめます。


症例W



図16 a:初診時6歳 下顎前歯の不正を訴えて来院。この時期に、初めて歯列不正を意識する子供が多い
     b:6歳 上顎・・・・側切歯の萌出スペース不足
     c:6歳 下顎・・・・左側側切歯が舌側へ重なって出て叢生となった。患児さんの咀嚼能力値は低かった。




 6〜9歳・・・・・・上下顎拡大床による側方拡大および咬合高径の増加を行います(図17)。この時期には特に、グリーンフィールドらが、その重要性に言及している下顎第一大臼歯のアップライトを十分意行うことが大切である、と考えています。術後の安定性のためにも必要な要素と思われます(図18)。


 
図17 a〜c:8歳 スルメ噛みさせるとともに、上下顎床装置を装着して側方拡大した。特に下顎第一大臼歯のアップライトが    なされた。混合歯列期の歯列拡大には上下顎ともに拡大床を好んで使用している。




図18 a:拡大床により上下顎ともに7〜10o拡大した。
     b:たっぷりスペースができた。
     c:萌出間もない第一大臼歯のアップライトと、ローテーションの改善を行いたい。



 10〜11歳・・・・・・リーウェイスペースが失われないように、リンガルアーチによる保隙をしながら(図13)、側方歯群の交換を待ちます。
 
 12〜14歳・・・・・・ダイレクトボンディング法による仕上げ(図14)を行います。できりうだけ短期間ですませたいのです。
 
 下顎側切歯が舌側に重なりW型の叢生となったものでは、上記の方法で即座に介入することを勧めています。装置による介入をするか、しないかの基準は、咀嚼訓練だけで自然治癒が期待できるかどうかです。ほとんどの症例で、早期介入による4前歯の整列と臼歯のアップライトが有益と考えています。ただし、治療期間が長くなることや治療費に関して十分説明し、介入とその時期をどうするかは、私たち医療側と子供、両親全員でよく相談して決めるようにしています。