症例AB子ちゃんのケース(初診時2歳 女児)
 市の検診で指摘された右側乳側切歯の反対咬合を主訴に来院しました。反対咬合の家族暦もないため、咬合誘導の目的でスルメ噛みをしながら様子を見ることにしました。初診時のカリオスタットによるリスク判定は「+++」でした。初診時にう蝕がなかったこともあり危機感はあまり強くなく、甘いものの摂取も減らず、リスクもなかなか下がりませんでした。
 4歳時、主訴の反対咬合は改善したものの、乳臼歯の咬合面にう蝕ができ始めました。


2歳 主訴の左上B左下Bの反対咬合はスルメ噛みで改善した。う蝕はまだない



スルメ噛みのために、来院の子供にあげている   カリオスタットによるリスク判定の経年的変化
スルメ



4歳時の咬合面観。ハイリスクのままう蝕が発生

 その後は熱心な母親に連れてこられて定期健診には毎回来院し、当院との長いお付き合いが始まりました。その後の経過については、担当の歯科衛生士が以下に提示します。


できたう蝕を削らずに有効活用する

 私たち歯科衛生士がB子ちゃんの口腔衛生指導を担当するようになり、定期健診ごとに食生活について尋ねたり、ブラッシング指導を続けてきました。しかし、6歳時に驚くほどのスピードで臼歯の隣接面にう蝕ができてしまいました。

 

6歳 臼歯のX線写真。あっという間に隣接面にう蝕が広がった。砂糖の怖さを教えた

 小学生になって友達と遊ぶことが多くなり、ガムやあめ、ジュースなどの甘い物を口にする機会が一気に増えているとのことでした。
 母親と相談の上、歯髄に近い第一乳臼歯のう蝕は最小限に削ってレジンを充填し、そのほかの部位にはサホライド塗布を行って進行を抑制しつつ、B子ちゃんには、甘い物が原因でう蝕が大きくなることを説明しました。


深いう蝕にのみ最小限の充填を行った。そのほかのう蝕にはサホライド塗布で進行を抑制。
このう蝕を甘味再現のモチベーションのための材料とした

 う蝕への危機感を芽生えさせるために乳歯のう蝕を活用しようという試みです。
 B子ちゃんの生活の中のどこで摂る砂糖が問題なのかをきめ細やかに把握し、まずは簡単に改善できそうな具体的な行動目標を本人とも相談の上設定して約束しました。母親にも、その約束が守れたら褒めてあげるよう、プラスの動機付けに協力してもらうことにしました。次回来院時には成果をチェックして、同じことを根気よく繰り返していきました。
 また、砂糖の摂取に注目することを通して、添加物まみれで自然さを失いつつある毎日の食生活そのものを見直すきっかけにもしてほしいとお話しました。

MIのためには「よく噛む」ことも重要
(MI:Minimal Intervention=ミニマル・インターベーション→最小限の歯牙切前)
 う蝕のリスクを下げるために、まず大切なのは砂糖摂取のコントロールですが、よく噛む習慣をつけることも重要だと思います。子供のおやつで「甘いものを減らす」ということは、「よく噛む物を増やす」ことと同義だと思っています。
 当院では、咀嚼能力を測定する簡単な方法を用い、モチベーション(動機作り)の一助としています。 


 
MIを達成するためには「よく噛む」ことも教えたい。1cm角の試験片を20回自由に咀嚼させた後、メッシュ通過重量を咀嚼能率として数値化。試験片を完全に噛み潰せるようになった(0%→100%)

 噛むことは萌出途上の永久歯の歯並びにも大きく関与します。B子ちゃんも6〜8歳と永久前歯の萌出が進みました。

 
左より、6歳時、7歳時、8歳時の口腔内。永久前歯の萌出余地不足は、よく噛むことにより頬側へと萌出を導くことで解消した

 やや萌出余地が不足するかと思われましたが、遊びながらスルメ噛みなどをやっているうちに、叢生にならずにすみました。当院では、MIを成功させるにはう蝕リスクを低減するとともに、噛むことの意識づけも大事だと考えて、積極的に取り組んでいます。

安心していたら、またう蝕が再発・・・・・
 9歳になり側方歯群の交換が始まりました。削らなかった臼歯のう蝕も進行抑制されていたため安心していました。

 
9歳 乳歯のう蝕を削らず、モチベーションのために「有効活用」する。本人の意識改革と行動変容を促す材料とした

 ところが、やはり「油断大敵」でした。11歳になり、上顎臼歯の冷水痛と痛みを訴えて救急来院、見てみると乳歯のう蝕が急に大きくなり、歯冠乳頭の歯肉炎も見られました。

 
油断は禁物。生活環境の変化による食生活、ブラッシングの悪化が原因で歯肉炎と乳歯のう蝕が再発。根気欲モチベーションを行う

 中学生になり環境が大きく変わったことによる食生活の乱れとブラッシング不足が原因のようでした。そこで、再度モチベーションをやり直すことにしました。
 う蝕になった乳歯が脱落間近だったこともあり大事には至らず、12歳時に無事すべての乳歯の交換を終えました。

 
宝物のような永久歯列の完成。一生維持していってほしい

 何も足さない、何も引かない、本当にきれいな永久歯列です。このまま一生この宝物のような歯を自分で維持していってほしいと思います。

子供を取りまく環境を変えるためには、親や家族の意識改革が必要
 子供を取りまく環境を変える一番の近道は、家族が子供と同じ医院で歯科治療を行い、子供と一緒に予防や定期健診に関心をもってもらうことだと思っています。「カンガルー歯科」という医院名も、そのような想いをこめてつけました。
 当院では、家族みんなで考え、話し合うきっかけにしてほしいという思いから、月一度「虫歯予防教室」を開き、親子で参加してもらっています。

 
「むし歯予防教室」の風景。家族で予防に取り組むきっかけにしてほしい

 院長がスライドを使って家族に話し、隣室では子供たちに紙芝居を使って話をしたりして、遊び感覚で1時間ほどの指導を行っています。
 MI成功のためには、定期健診を通じて長期間患者さんたち家族と良好な信頼関係を維持していくことが不可欠だと思います。B子ちゃんの幸せのために、彼女の人生の一時期に関われたことを私はうれしく思います。